通訳と通訳ガイド、スキルには重なる部分と
異なる部分 仕事の醍醐味は人それぞれ
通訳と通訳ガイド
「通訳」と「通訳ガイド」の仕事について聞かれることがよくあります。
「通訳」は「通訳ガイド」より難しいのでは?という質問を受けることがどういうわけか多いのですが、難易度は状況によって変わるため単純に比較はできないと思っています。
むしろ、基本的な難易度はいずれも高めですので、肝心なのは準備を含めて仕事を楽しめるかどうかではないでしょうか。
それでは、それぞれの定義から。
【通訳】
大きく3種類に分けられます。
[同時通訳([会議通訳]とも呼ばれる)]
専用のブースに入り、ヘッドフォンを使って話者の声を聞きながら同時に通訳する方法。[放送通訳]も[同時通訳]です。
[逐次通訳]
話者が話したあと、切りのいいところで(そこまでの内容をまとめて)通訳者が訳す方法。
[ウィスパリング]
(TVなどでよく見かける)通訳者が聞き手の横または後ろについて、話者の発言を囁(ささや)くように同時に通訳する方法。
(このほか、パナガイドと呼ばれる機材を使用して行う方法があります)
[会議通訳] ・ [放送通訳] ・ [ウィスパリング]が【同時通訳】、それ以外が【逐次通訳】です。
【通訳ガイド】
正式名称は、[全国通訳案内士]
日本を訪れた外国人観光客(ゲスト)を各地へ案内しながら、日本の歴史、伝統・文化、政治・経済等について適宜、外国語で説明し、移動中や訪問先では通訳を務める。案内業務に付随して、あるいは独立して、国際会議やイベント、工場視察などでゲストに対して通訳することもある。
つまり、[全国通訳案内士] もその名のとおり【通訳】の1カテゴリーであることに違いはありません。
筆者は、英語の「全国通訳案内士」とビジネスを専門とする「ビジネス通訳」(上述の分類では【逐次通訳】と【ウィスパリング】)であるため、そこでの比較にはなりますが、それぞれの業務にはかなり重なる部分とまったく異なる部分があります。
ここからは、それぞれの業務について、具体的に解説します。
ビジネス通訳の仕事
【業務内容】
業務内容は幅広い。
- 商談や少人数でのビジネス会議(電話・テレビ会議、社内ミーティング)、工場視察や研修会など、ビジネスに関わるありとあらゆる場面が対象範囲です。
- 取り扱う製品や業界特有の専門用語のほか、商談では、貿易やお互いの国の商習慣に関する知識など、ビジネスに関する全般的知識が必要となります。
- プレゼンや交渉ごとでは通訳の出来栄えが利益を左右することもあることから、ビジネスに精通したビジネス通訳の需要は年々高まっていると言われています。
【現場を訪れる前の準備】
「逐次通訳」「ウィスパリング」の別を問わず、出来得る限りの事前準備をします。
感覚的には、準備が80%、現場での業務が20%程度ではないでしょうか。例えば、1日のビジネス通訳の依頼を受けた場合、平均すれば準備に3~4日程度をかけます。自分がよく知る分野では、用語の書き出しと確認程度で済みますが、それでも1~2日をかけて関連情報を集めます。あまり馴染みのない分野であれば、1週間程度は資料収集に時間を充てて出来得る限りの情報をインプットします。その後、用語の書き出しと最終確認を行うといった具合。
(注:社内通訳の場合は、取り扱う「製品」や話し合いの「内容」にある程度一貫性があるため、準備にかける時間は上述とは異なります)
「通訳」は経験がものを言う世界。慣れれば慣れるほど、準備にかける時間は短くなっていきます。
しかし、どのような依頼が来るかは直前にならないと分かりません。まったく未知の分野である可能性もあることを考えると(実際、そうした場合を想定して)常にあらゆる情報にアンテナを張り続けている必要があります。
どんなに準備をしても、通訳以外は全員がその道の専門家ということも珍しくないため、情報収集が追い付かないこともあります。聞ける状況であれば、ためらわずに聞いて疑問をクリアにしましょう。その時点での最善を尽くしつつ、新しい情報をどんどん蓄積して次に臨みましょう。
「通訳」は一生、勉強し続けることが条件の仕事と言いますが、まさにその通りです。勉強好きでなければ、おそらく務まりません。少なくとも、その覚悟は必要だと思います。
業務終了後に、お客様から「ありがとう。おかげで交渉は上手く行ったよ」などと言っていただけた時は、感慨もひとしおです。
全国通訳案内士の仕事
【業務内容】
「全国通訳案内士」は前述のとおり、外国人観光客に日本を詳しく紹介するガイドであり通訳でもあります。俗に「民間外交官」とも呼ばれています。
近年、外国人観光客が増えていることから、無資格でも有償でガイド業務を行えるようになりましたが、国の認可を受けて(許可証の交付は各都道府県)「通訳案内士」として活動できるのは、この【全国通訳案内士】だけです。
許可証の取得には、国家試験に合格する必要あり(どういうわけか、通訳職種の中で国家試験があるのは【全国通訳案内士】のみ)。
「通訳案内士」には、どんな状況にも対応できる高い語学力と、日本に関する幅広い知識が求められ、国内外の事情にも精通している必要があります。
そのため、試験範囲は「外国語」「日本の歴史」「地理」「文化」「政治」「経済」、さらには「国際時事」など幅広い。このほか、ガイドとしての側面から「旅程管理」に関する知識も問われる。
【ツアー開始までの準備】
ツアー開始までにすべきことは多い。
スペースの関係で詳細は省きますが、
- 仕事に関わる情報を常にアップデートし、特に、自分の知識が足りていないと感じる領域については、とことん自己鍛錬に努めます。
- ツアーが決まれば、訪れる場所の詳細とツアーに関わるありとあらゆる情報を収集し、インプットします。
- 担当するツアーの内容は毎回異なるため、関係各位(各所)と蜜に連絡を取り合って、情報に漏れがないか確認します。
また、ツアーは数日間~数週間に及ぶこともあるため、十分な体調管理が求められます。
「通訳案内士」は、知識を総動員して外国語でさまざまな説明をしながら、ゲストからの予測のつかない質問に的確に答えつつ、ゲストのケアを怠ることなく行く先々で通訳もこなし、旅程を管理するという離れ業が求められます。体力勝負の仕事でもあります。
総合的な「高い語学力」とあくなき「探求心」、そして、何事にも動じない「精神力」が求められるため、ベテランの域に達している諸先輩方には強者(つわもの)が多いと感じています。
いろいろな意味で気苦労も多い仕事ですが、「ありがとう。楽しかった。また、必ず来ます!」と元気に手を振るゲストを見送るときには、とても幸せな気持ちになれる仕事でもあります。